知らなければよかった…アホだったら幸せなのか…そう感じる毎日

「知らなければよかった…」そんな風に感じたことはありますか?

私は最近強く感じるようになってきました。誰しもこんな考えあるのではないですか?

適応障害無職になり色々考える日々の中で一番幸せだった時を考えた時、知らなければこう考えることもなかったと感じる毎日です。

かつての私は、仕事や生活の中で、最低限のことを学び、知識を深めることが大事だと思っていました。

生きていく上での知識もそうですし、立ち振る舞い、付き合い方。

今こうして無職生活をしている今、過去を振り返って「知らないままでいた方が楽だったかも」と…

例えば、8時ギリギリに会社に行き16時55分にはタイムカード前で待っていた20代の整備士だったあの頃。

今考えると無知で何も知らず、「井の中の蛙」ということわざが当てはまるくらい何も知りませんでした。

お金もなく、ゲームをして食って寝て車を整備する毎日。成長するかけらもないけど本当に幸せでした。

そんな私が仕事のために夜中まで持ってもいなかったパソコンに向かって資料を作り、休日でも電話やメール対応をする生活に…

全国を駆け巡ると言ったら変ですが、経費で飛行機や新幹線、ホテルを取ったりとなんでも一人でできるようになりました。

日本が狭く感じるくらい行動力ができましたが、それが自分を追い詰めるような気がしています。

そんな生活から一転適応障害無職になり引きこもりの生活が続いています。

転職先が見つかったとき、同じ場所で同じ内容の仕事を死ぬまで働き続けれる自信と覚悟がありません…

何も考えずにただ与えられた仕事を淡々と続ける昔の自分みたいに何も考えないアホだったらどうだろう?

責任感やプレッシャーに押し潰されることもなく、ただ毎日を楽しく過ごしていたのかもしれないそんな風に感じることもあります。

しかし、だからと言って「何も知らないアホだった自分」が幸せだったと。と言い切ることもできません。

色々な発見と考える力が身についたことは良いことだったのだろうとも思っています。

ブレブレで何を言いたいかわからない内容になってきてますが…

最近では、スマホで色々な情報が飛び交っています。

そんな情報に振り回されず自分にとっての「幸せ」を見つけるためには、時には何も知らない「アホ」になることが必要なのかも知れません。

例えば、アマゾン奥地で何も知らないまま自給自足をしてその一日一日を楽しく生きていく。それも一つの幸せの形だと感じています。

適応障害無職。この後どうなっていくか自分でもわからないし考える日々が続いています…

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